観測史上第4位の積雪183cmにタジタジ😞連日の雪かきにヘロヘロ😢

 1/20から10年に一度の大寒波が来ると気象庁が発表し、覚悟はしてましたが、まさか寒波だけでなく降雪が10日も続くとは思ってませんでした。でも、振り返ってみると、過去にもそんなことはありましたねぇ。

豪雪の思い出 その1

 1977年2月、あの年は青森地方気象台の観測史上2位となる195cmが降った年でした。この年は大学受験の年で、当時、実家が弘前市だったので、青森市まで奥羽線で移動し、青森からは青函連絡船で函館に渡り、函館から札幌に列車移動するというスケジュールでした。通常、約一時間で青森駅に到着しますが、一つ前の駅・津軽新城に停車したところ、なかなか発車しない。しばらくして「この先、大雪のため線路が埋まってしまって進めず、ここで降りて下さい」といったアナウンスが流れました。
 エエエ〜〜?ここで降ろされて、ど〜すればイイの😳?
 とはいえ、ハイ、帰りますともいかず、青森駅までの約6kmを雪中行軍することになりました。どうしても連絡船に乗らないといけないのでかなり焦りましたよ。大都会・札幌に行くため冬用のブーツでしたが、深い雪に足が埋まり、ブーツの中はもうベチョベチョ。最悪でした。
 そんな時にあるドライバーが声を掛けてくれて乗せてくれるという親切に遭いました。駅に着いた時はもう間に合わない時刻でしたが、なんと!連絡船が出航を遅らせて待ってくれていたため、津軽海峡を渡ることができました。ま、そんなことが受験に影響したのか「桜、咲かず」でした。落ちたのを大雪のせいにして今を生きています🤣

豪雪の思い出 その2

 次が1986年2月。こちらは史上3位の194cm降った年です。ベスト3のうち2と3を体験している自分は「豪雪語り部」になれるのではないでしょうか?
 ちなみに第1位は1945年2月の209cmだそうで、太平洋戦争真っ只中でした。当然ながら、まだ私、生まれてませんのでベスト3独占はどうあがいても無理。
 前年に長男が生まれ、高熱を良く出す子だったので、小児科に何度も通いましたが、それはもう渋滞がひどく、早く病院に行きたいのに、全然、車が進まず、頭を抱えました。さらには、アパートの駐車場に停めてあった車の真上にものすごく大きな雪庇が出来上がり、落ちたらやばいなと思ってたら案の定、ドカァ〜ンと落ちて、助手席側ボンネットあたりが大破した苦い記憶の年でした。

地形的に雪が降りやすい青森市

 日本海側からやってくる雪を伴った雲を八甲田連峰が壁になって停滞させることで、その麓に位置する青森市ドカ雪に見舞われるという地形的なリスクは、山がある限り、永遠に続くのですね。あぁ〜、あの八甲田を吹っ飛ばしたい!

辛抱強く2月を凌ぎます

 2/1現在、最高積雪が183cm。これから先、増えるのか、減っていくのか、どっち?祈るしかありません。本来は上記したように2月が最も多く降る月です。でも、昨年は違いました。1月にドッと降って2月からは比較的穏やかな日が多くて済んで早めに春が訪れました。

 心が暗くなりやすい情報にあえて抗って、ポジティブシンキングしたいと思います。


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▲ カーポートに積もった約1mを除雪中

▲ 隣の物置が、かまくら化している

▲ 庭は雪だらけ。居間の窓ガラスの3分の1を雪が覆っている

▲ プロパンガスや石油のホームタンクは埋もれたので除雪した

▲ 居間の窓ガラスに迫り来る雪

 

白血病サバイバーの19年記念日🎂

 白血病に勝つため、2007年1月11日と12日に行われた造血幹細胞移植から、今年で19年目となりました。👏🎉
 2006年6月、48歳での発症は、到底受け入れられない我が人生で最大の出来事でしたが、あれからそんなに経ったのかぁ〜と感慨深いものがあります。当時はまだ癌について本人に告知する空気はまだ少なかったように思います。ただ、白血病に関しては治療が長期間になるのと、病気に対して強い対抗心を持つことが求められるので(多分、私の個人的な考え方かも)、はっきりと告げたのかもしれません。とはいえ、実際のところ、かなりメンタルがやられましたけど。
 ほぼ一年間の入院生活は間違いなく辛かった。でも医療関係者の仕事ぶりを間近で見れたのは良い経験になりました。人の命を預かるだけにとてもハードで緊張した中での仕事ぶりには頭が下がりました。

 さて、移植には、骨髄バンクに登録されたドナーと患者の血液のHLA型が6つのうちなるべく多く合うことが条件になりますが、なかなか見つからず苦労します。自分はあろうことか、息子と、このHLA型が6つすべて合ってフルマッチ移植となったわけですが、親子で合うなんて稀だと主治医からも言われていました。
 今回、それをChatGPTに遊び半分で質問してみました。

質問:
HLA型が父と子の間でフルマッチする確率はどれぐらいあるのか?

回答:
父と子がHLA型で「フルマッチ(完全一致)」する確率は、通常はほぼ0%です。

 と、ズバリ!ゼロと回答されました。そのように回答した理由を長文で説明もしてくれて、それはココで書きませんが、確かにありえなかったんですね(笑)。
 「1〜2%です」というのを少し期待したのですが、ゼロには改めて驚きました。まさにミラクルやぁー😳

 ただ、ミラクルが起きたから、その後はハッピーで元通りの生活ができるようになったかと言えばそうじゃないんです。
 移植された細胞が、患者の体を異物と認識して攻撃する「GVHD」と戦うことになりました。恐ろしいGVHDになると、命を繋ぐために移植したのに、それによって命を奪われることも有るんです。GVHDは厄介ではあるものの、軽度に起きる患者ほど白血病の再発率が低いことから、現代医療の目標はGVHDを完全に抑えることではなく、重症GVHDを防ぎ、軽度GVHDを許容する治療方法になります。
 自分の場合はドライアイと、首筋や腹回りなどに強い痒みが出て、ドライアイは今現在も改善されず目薬を3種類使う状況でして、痒みは季節の変わり目に出始めて、塗り薬、飲み薬、保湿剤を駆使して対処してきましたが、2年前の秋から突然出なくなりました。長い間、苦しまされてきただけにこれは嬉しかった。この調子だと免疫抑制剤の量も減らせるのかもしれない。GVHDがあったからこそ再発もしなかったと前向きに捉えるようにしています。ありがとう!GVHD様🙏

 昨年、67歳で亡くなった父の33回忌を行いました。48歳でこの世と別れて父の元へ向かいそうになったのを「お前はこっちに来るにはまだ早い」と押し戻したのか(笑)?その父と同じ年齢になり、今年を無事に過ごせば越えられるところまできました。
 来年はいよいよ移植から20年目という大きな節目になります。このブログで年齢クリアと20年目を報告できるよう大事に一年を過ごしたいと思います。

 3月には健康診断、それ以降に胃内視鏡検査などをして健康に留意するぞ!💪

2026年の目標はコレだぁ〜

新年明けましておめでとうございます。
今年もあすぱむ合衆国ホームページ、ブログ、そしてYouTube「あすぱむチャンネル」をよろしくお願いいたします。

早速、本題に入ります。今年の目標を発表します。

不可能ではないが、達成できるかどうかは運も関係する目標

サクラマスを50本ゲット
2月上旬から始まるサクラマス釣り。昨年はわずか8本。なぁ〜んだ無理じゃないかよ〜と言われるかもですが、一昨年は39本釣ってます。よって、40本じゃチャレンジと言えないので踏ん張って50本にしてみました。ただ、ここ最近、話題になっている海水温の上昇で魚に変化が起きていて、昨年のサクラマスが全般的に不調だったため、本当は20本にしたいところ。

真鯛を80枚、そしてハチマルを2枚
ハチマルは狙って釣れないので、目標というよりは願望。真鯛釣りは昨年、絶不調だったので、それを払拭できるかどうかが今年にかかっています。

③ ブリを5本ゲット
12月は海が荒れることが多く、まずは出られるかが問題。実際、昨年は3回予定していたのにすべて荒天中止に。また、わずか1本釣っただけで青息吐息になる自分との戦いでもあり、もし一回の釣行で爆釣となれば生きて港に帰れるのでしょうか。

次に達成確率の高い目標

④ 鹿島遠足
青森山田のホームゲーム全11試合を観戦
多分、大丈夫だとは思うのですが、青森山田のゲーム日に何か行けないアクシデントが起こればヤバイかもしれません。

達成できたら祝杯モノの目標

⑥ チャンネル登録者数4,000人と10万回再生動画
チャンネル登録者数は高めに設定してみました。現在2,770人。昨年一年間で620人でしたから4,000人はキツい。また再生回数も57,000回が最多だったので10万回はかなり背伸びした目標。少しでも近づけるように頑張ります💪
銀の盾が貰えたら・・・あ、完全に無理ですね、ハイ、わかってます。

かなり難しい、あるいは、言うだけタダな目標

⑦ ダイエット5キロに挑戦
正直、無理かも。だったら目標にするなと叱られそう🤣。2キロならなんとか・・・

⑧ 九州ひとり旅
退職してフリーになった2020年以来の目標なのですが、2020年はタイミング悪くコロナが蔓延して旅行どころじゃなかった。長引いているうちに我が家の事情も変化して、一週間以上留守にするのが難しくなったのでどうかな?

MLB生観戦
1998年の初渡米観戦からもう27年経ちました。その間、白血病になり、シャバに戻ったら絶対行くんだと心に決めたものの、ただただ時間だけが過ぎてしまった。白血病の治療でずっとお世話になっている主治医もMLB好きで、月一回の診察ではMLBについての話題で盛り上がり、渡米する際には薬の処方などでバックアップすると言ってくれているので主治医の期待に応えるべく海を越えたいのですが、なにせ行くとなれば長くて一ヶ月、短くても二、三週間を計画しており、九州一人旅ですらできないので、現実的には難しそう。でも死ぬまでには行きたいなぁー。

MacのM6マシンを買う
そもそもM6が出なければ買おうにも買えない(笑)。
5年前に清水の寺から飛び降りて買ったMacBook Proが、息子から借りたM2搭載のMacBook Airにあっさり動画処理スピードで負けて大ショックを受け、これがM6ならどんなに凄いんだろうと期待が高まっています。現在、息子のMacBook Airを買い取り、MacBook 2台体制という贅沢な状況に大満足。今後、パソコン環境はどんどん高スペックなマシンが要求されると思うので、できるだけ良い環境で動画編集などを行いたいと思っています。

2025年を振り返った10の出来事

長引いた風邪

 3月中旬。熱は出ないものの、扁桃腺の腫れとくしゃみ、鼻水がひどく、だるさが二週間も続いた。ちょうどその頃、サクラマスシーズンでもあり、寒い中での長時間アウトドアが悪かったらしく、なかなか治らなかった。釣行を一回飛ばして養生すれば、ボウズばっかりの釣果に少しは変化が起きていたか?・・・かも

ドローンに挑戦

 3月、某ドローンユーチューバーと交流して、ドローンに挑戦することになった。
 氏が持つドローンのうちの一機を譲って貰い、合法エリアで飛ばしてみると、久しぶりに味わう快感とともに、一気にドローンにハマった。その後、国交相の許可も取得し、飛行練習も行い、だいぶコントロールができるようになって、YouTubeデビューしてみた。ただ、もうちょっと勉強が必要だとわかり、座学時間を増やしたところ、釣り後半戦が始まってしまい、時間が取りづらくなった結果、休止状態になってしまった。来年こそはもっとたくさん飛ばしに歩いてみたいと思う。今後、ドローンの規制が厳しくなるのが心配。

釣れない釣りに泣き😢

 2月から始まったサクラマス釣りと4月の真鯛釣り、両方とも満足の釣りができず悩んだ。
 まず、サクラマスが全くダメ。他の釣り師もあまり良い釣果を出していないようなのが救われたが、終盤に中止が4回、ボウズが3回と続き、そのままシーズンエンドになったのが悔しさ倍増だった。ここ最近、サクラマスが減っており、来るシーズンがどうなるのか不安を抱えている。
 さらに気分を新たに真鯛釣りが始まると、こちらも絶不調。序盤はまだ良かったものの、7、9、10月はテンションの上がる良型が釣れず、小さいのばかりがポツポツと。釣れなくてもいいや、と諦めの境地で出た最終戦で76cmの顔を見れたことで心の中のモヤモヤがやっと消えた。
 12月にもブリ狙いで日本海側に出撃する予定だったが、海況が悪くすべて中止。
 近年の釣りで今年は最もストレスの溜まる一年だった。

今年も青森山田のホームゲームに通う

 4月から始まった高円宮杯プレミアリーグ。開幕から4連敗を喫し、悪いスタートを切ったが、後半からは勝ち点が続くようになって一時期は2位まで上昇した。最終順位は4位で終了。
 青森県内での公式戦連勝記録が野辺地西によって「418」でストップされる苦渋も経験。全国高校選手権青森県大会では、その野辺地西に雪辱しての出場権獲得。3年生は最後の大会を悔いなく終わって欲しい。

レーニングの効果、いまだに現れず🤭

 体力増強は無理だとして、維持を目標にルームランナーと腹筋台でやってきたが、なかなか効果が出ず、YouTubeを探ったところ、HIIT式体操が良さげだというのでそれを加えてトレーニングを始めた。とはいえ、一週間に2〜3回のペースでしかできていないのが原因か、思い描いた腹の凹みが達成できず。でも、やらないよりはやったほうがイイっしょ、とポジティブシンキングで今後も「まだらトレーニング」を続けようと思う。

孫がやっと懐いた

 前年、産まれた初孫(女の子)も一歳となり、時々、連れて来るが懐かない。仲良くなりたくて近づくと顔を背けて逃げられ、深追いすると泣かれる始末。嫁さんの実家でも男には冷たく、女には笑顔だという。女房はべったりくっつかれて、疲れているように見えるのだが、本人は独り占めできるのが快感らしく、買い物に出るたびに「あんぱんまん人形」が増える始末。
 そのうちいつかは寄ってくるだろうと、ビデオカメラ係にずっと徹していたのだが、ある日、自分のすぐそばのソファにひょっこり座り始めたもんだから、じいじは慌てた。どこで、どうスイッチが入ったのか?「あんぱんまん人形」や「バイキンマン人形」を手渡しするとニコッと屈託のない笑顔で受け取る。その逆もあり、すっかり仲良しに。今ではじいじとも手をつなげる仲になって幸せな毎日である🤣

auからIIJmioに乗り換え

 釣り以外はほとんど家にいることが多くなったので、夫婦二人で月1万円強、かかっているスマホ代に疑問を感じていた。そんな中、スマホのバッテリーの持ちが急に悪くなり、朝方100%フルだったものが昼にはもう20%にまで落ちて、これじゃ携帯できないということで本体の変更が必須な状態に。これを機会にもっと安くできないものかと息子に聞くと、いくらでもあるというので紹介して貰ったのがIIJmio。二人で6,400円。夢グループじゃないが「やっすぅ〜い❤️」。
 しかも中古ではあるがiPhone SE。PCもiPadも所有するAppleヘビーデューティーユーザーとしては、これで三大兵器を手に入れた形になる。元々、携帯はメールと通話だけ出来ればイイと思っていて、Androidで十分だという考え方。なのでiPhoneにはこだわっていなかったのだが、中古iPhoneを通信料含めて3,000円で持てるというので決定。月20GBも使えるので大金持ち気分だが、外出が少ないのでそこまでは必要ないのかも。とはいえ、外出の際には動画再生もほぼ気にせずバンバンやっている。
 データ移動やiPhoneの環境設定等には、そこそこ苦しめられたが、それは最初から覚悟してのこと。auからの乗り換えは大正解だった。

鹿島ひとり旅を満喫

10月、年に一度の鹿島遠征へ。今回は一人旅。メインはアントラーズのゲーム観戦だが、サブの茨城観光も充実した。初めて見たバンジージャンプに驚き、牛久大仏の大きさに驚き、筑波宇宙センター(JAXA)で見た宇宙開発に掛けるJAXAの意気込みに感動。
 数日前に「みちびき」が打ち上げに失敗したのはとても残念だが、強く応援したいと思う。
 なお、アントラーズはガンバと対戦し、リーグ首位を確実にする勝利を期待して観戦に臨んだがスコアレスドローに終わった。PKを入れていれば勝利の美酒を味わえたのにと悔やまれる。結果的に9年ぶりのJ1制覇をしたので良かった。来年も行きたい!

頚椎症の診断

 10月、茨城でのスケジュールが終わり、青森までの約700kmを戻る際、運転中に左の上腕がキリキリ痛み始めた。腕を上下すれば一瞬、痛みは消えるが、すぐにまたキリキリして、長距離運転のせいだろうと思いながら誤魔化して到着。帰宅後に湿布してみるも一向に良くならず、むしろ痛みが増すようになったため、整形外科を受診した。その結果、頚椎症と診断される。現在は痛み止めを服用して、様子見の状態。効き目がなくなり、日常生活を送れないくらい痛みが出るようなら手術になるらしいが、手術しても確実に改善されるわけでもないとわかり、今の状態を保つようにして生活続けようと思う。アドバイスいただいた岡山のMLB友人・水夫さんには感謝致します。

久々の大地震にビックリ😳

 12月8日、夜11時過ぎ、スマホがけたたましく鳴る緊急地震速報で驚かされ、まもなくして大きな揺れが襲った。震源青森県東方沖。マグニチュード7.5。八戸など太平洋の沿岸地域は震度5強などを記録し、その後、津波警報も出て、一時、緊張状態に。幸いにして大きな津波が押し寄せることなく、そして命を落とす犠牲者が一人も出ずに済んだのは良かった。その後、後発地震注意報が16日まで発令されたが無事解除。なおも時折、余震があり、年末年始に何も起こらないことを祈る。

孫はかわいいねぇ〜〜

初孫 2歳目前

 少子化の流れに乗って、あすぱむ家も孫がずっと居ない状況が続いていましたが、一昨年、長男夫婦に女の子が誕生して待望の「ジィジ」になることが出来ました。
 共働きの息子夫婦のために少しでも負担軽減になればと、SOSな場合の駆け込み寺として、いつでも連れておいでとしたところ、利用率が高まり、賑やかなあすぱむ家になりました。

 生後10ヶ月頃から預かり始め、カミさんに強烈に懐いたため、カミさんは大喜び。昔の子育てを思い出したか、抱っこしたり、おんぶしたりと大奮闘です。年齢的にももう若くないのに🤭、リポビタンDを飲んで頑張る姿には逞しさを感じます。

 徐々に慣れてきたとはいえ、泣くのが商売の赤ちゃん。言葉で伝えられない分、大泣きして何かを訴えるのですが、さすがの「ベテラン子育て経験者」でもそう簡単には泣き止ませることはできません。

夜泣きに苦しんだ過去

 長男には随分苦しめられました😭。日中もギャン泣き、夜中もギャン泣き。当時、アパート住まいだったので騒音問題は深刻です。抱っこすると泣き止むため、泣くたびに抱っこの繰り返し。その結果、落ち着いたと思って抱っこ解除するとギャン泣きするという抱っこ癖がついてしまいました。
 午前1時、夜勤から帰宅すると、カミさんが疲れ果てて呆然と立ち尽くしていたため、交代で自分が朝まで抱っこしたこともありました。
 そんなDNAが孫にも受け継がれたようで、息子夫婦も夜泣きに苦しんでいる様子。もうしばらくの辛抱だとアドバイスしています。

大きな問題

 さて、ハイハイから、やがて一人で立つようになり、一歩二歩と歩き始めて行動は活発化します。バァバとの親密度は来るたびに高まるのですが、どうしても解決できない問題が・・・。

 ジィジには全然懐かないのです。バァバに抱っこしている孫をあやすと顔を背けて嫌がる。お気に入りのお菓子をあげようと差し伸べてもプイとそっぽ向いてバァバに逃げる。ジィジとは一定の距離を保って近づこうとは絶対しない😕
 なんでぇ〜?男の声が怖いのか?いやぁ〜、これには参りました。ジィジ、嫌われてる。何もイジワルしていないのに〜。

▲ 抱っこされた孫をあやそうとすると嫌な顔をされる

思いがけない急展開

 そのうち、いつかはと思っていたところ・・・・
 前触れもなしに、その時は突然やってきました。永遠に記憶に残るであろう12月14日。
 ジィジがいつも座っているソファーの両隣が空いているのですが、席を外している間、隣にちょこんと座って正面のTVであんぱんまんを見ていたのです。私が戻れば席を離れるだろうと思っていると、なんと!動かないじゃないですか。
 TVに夢中になってて気が付かないのか?ならば、今がそばにいる孫と親交を深める絶好のチャンスだとばかり、肩に手を置いたり頭を撫でたりしてみました。1分、2分、5分、10分経っても嫌がらない、ワッハッハ、これはイケるぞ!

 ばいきんまん人形で年甲斐もなく「バイバイキ〜ン!」などとやってるうちにすっかりお友達になってしまいました🤣

 これにはバァバもビックリ。何よりも一番、驚いているのはジィジです。
 これまでベッタリで、ほとんど身動きが取れないバァバでしたが、ジィジと一緒に過ごす時間ができたことで、買い物にも出かけられるようになりました。
 抱っこもせがんでくるし、バイキンマンを「ちょうだい」すれば持ってくるし、「こっちにおいで」すればついてくるし、完全にジィジの所有物になってしまったのです🤪かわいいですねぇ〜

▲ ジィジと接触してても嫌がらない

 この調子で、いつかは釣りに、サッカー観戦に、そしてドライブに、ねぶた見物にとあちこち連れ回せられるようになればいいなと夢見るジィジになったのでしたぁ〜

未曽有の災害と人間の強さ

久しぶりに大揺れ

 8日、23時過ぎ。いつものようにパソコンで動画用の新しいBGMを物色していたところ、スマホが、けたたましくギャンギャン鳴った。久しぶりに聞く不気味な音。
 「地震です」とアナウンスされて頭では理解するものの、どんな揺れが来るのかと待機してしまう。
 予報通り、ほんの数秒でグラグラグラッと揺れが来た。照明器具からぶら下がったヒモやデスクライトのアーム、ディスプレイ、吊っかり棒に下がったケーブルなどが大きく揺れている。ミシミシと壁から出る不気味な軋み音に、これ以上、強くなればまずいなと思いつつ、残っていたビールを口に含んだ。

 さっそく、テレビのスイッチオン。オオオ〜、八戸で震度6強?大変だ!津波は?
 八戸・三沢など県南方面には釣り仲間がたくさん居るので心配だ。ん?それにしても青森市は震度4だって?ウソだろ〜?5はあったのでは?

 カミさんは地震が大きくても小さくても派手な行動をするので有名。今回もバタバタと階段を駆け下りて、玄関ドアを開けたのち、バケツやボウルに水を汲んでいたのは地震時の迅速な動きとして称賛されるべきだが、良く見ると右手に目覚まし時計が・・・。それ、持ってたところで何の役に立つん(笑)?

 やはり津波警報が出て、成り行きを見守る。東日本大震災の記憶がまだ生々しく残っているだけに、皆さん、避難をしてると思うが、こんな寒い夜中、場所によっては雪もチラついてるのに気の毒でしょうがない。午前2時まで注目したが、大津波が押し寄せたとのニュースが流れないので、安心して就寝。今回は津波予報がハズレたが、気象庁を責めてはいけない。ハズレても許される警報だったと思う。でも、天気予報はハズさないで欲しい。

 これだけの大きい地震なのに命を奪われた人が一人も出なかったのは良かった。人々の防災意識が高いからなのか、建造物が強いのか、わかりませんが、不幸中の幸いだった。

 これから真冬本番。この先一週間ほどは余震、あるいは本震が来るかもしれない。不安を抱えながらの年末になりそうだ。


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・過去に経験した大地震

★1968年十勝沖地震 M7.9、七戸町=震度5弱
 七戸町で経験。小学4年生の時、昼前の授業中に経験。担任がいなくて教室で自習中だった。学校のコンクリート製の大きな四角い煙突が折れて下に落ちていたシーンが記憶に残っている。グラウンドへの避難ルート上だったので、もしあれが生徒の頭に落ちていたらと思うとゾッとする。夜7時頃にも大きい余震がきて裸足のまま外に走って出た。亡父にはオリンピックの選手並みに速かったと言われた。

★1983年 日本海中部地震 M7.7、青森市=震度4
 社会人。ちょうど昼休み中で、当時、青森市のメインストリート、新町通りを喫茶店に向かって歩いている時に大きな揺れ。あまりの揺れに思わず、アーケードの太い柱に捕まった。この日は朝からの夕刊作業勤務だったが、若かったので朝刊作業の夜勤にも就くよう指名されて15時間労働をした。仕事を終えてアパートに戻ると、食器棚が倒れて台所がガラスの破片まみれになっていた。翌日も朝からの勤務で残業もあったおかげで二日間中(48時間)24時間労働を経験。

★1994年 三陸はるか沖地震 M7.6、青森市=震度5
 年の瀬も差し迫った12月28日、21時19分の地震。新築まもない自宅で経験。家には被害がなかったが、ブロック塀に若干のヒビ割れが起きて、まだ新しいのに〜と悔しい思いをした。仕事中でなく自宅にいたためか、記憶が薄い。

★2011年 東日本大震災 M9.0、青森市=震度4
 在宅中で夜勤に備えていた時に経験。地震詳細についてはココで書くまでもない大地震。停電で信号が止まっていたため、車を諦めて徒歩で出勤。会社は自家発電装置があり、かろうじて電気を使えたが、大きな電力を必要とする輪転機のために節約。被害が大きく印刷できない岩手日報を我が社で印刷した。深夜1時に勤務を終え、街灯が消えて真っ暗な中、雪が積もる夜道を歩いて帰り、翌日朝8時からの勤務に備えて、すぐ寝ようとしたが暖房が使えなかったので部屋が寒く熟睡できず、4時の余震で起こされた。この地震インパクトは生涯忘れられないほどの大きさだった。

 以下は東日本大震災時の写真。

▲ 照明を節約して暗い職場

▲ ろうそくで夜明かしし、朝4時の余震で起こされる

▲ 苦労の末、発行出来た紙面

▲ ガソリンを求めて行列を作る車

八戸市の漁港に打ち上げられたイカ釣り中型漁船

 

師走は、どうシワス?

12月になってしまいました

 ついに今年も残り一ヶ月になってしまいました。月並みですけど、月日が経つのがホント早いですね。

 現役の頃、12月は「魔の月」でした。
 新聞社に勤務していた自分。自分がいた部署では、正月にドッサリ届けられる新年号という紙面作りを12月の第一週あたりから、作業を開始していました。元旦用に約100ページ、三日用にまた約100ページ弱を作るんですが、これが、もぉ〜大変。
 12月の通常紙面作業をやりつつ、新年号作業もやるわけですから、2倍・・・いや、カッコいい紙面、あるいは美しい紙面、派手派手な紙面などなど、紙面担当者(業界では整理部記者といいます)は凝りに凝るわけなので3倍以上の忙しさになります。
 1ページが完成すると、部長、局長、社長がそれぞれ目を通すのですが、いろいろ注文が付くことがほとんどで、一からの作り直しになるんです。部長がOKを出しても次の局長がNOで、やり直しなんてことが普通の世界。それまで残業したり、家に帰ってからも頭を捻って考えたのが一瞬でダメになった時のショックは計り知れなかった(ちなみにデザイン関係部門の部署に所属していました)。休日もまともに休めず途中で顔出ししたり、夜勤の日は出社を早めたり、12月の勤務と精神はめちゃくちゃ状態。
 一人で複数の紙面を受け持つこともあったため、ひどい時にはアイデアが浮かばず、締め切り時間にも追われ、鬱状態に。ホント、辛かった!

 それがクリスマスの頃になるとだいぶ終盤に入り、先が見えてくるので、やっと一息つけたものです。そうして迎えた元旦。玄関のポストに入らずドアノブに引っ掛けられた袋入りの新聞を手に取ると、パラパラとめくっただけで、ほぼ、新聞回収ボックスの中へ(笑)。だって、12月中に穴が開くほど見た新聞を見る気力がもうないんです。

 (綾小路きみまろ風に)あれから5年。年賀状も退職と同時に出すのをやめたので、師走は穏やかな毎日を送っています。たまぁ〜に夢に出てくることがありますけど。

 魔の新年号作業の経験が自然と身についたのか、自分の動画編集にもその影響が出ているような気がします。動画編集は撮った映像をコツコツと繋ぎ合わせて、テロップやエフェクト、BGMを味付けるわけですが、一通り終わってハイOK!とはならないんです。チェックのため、最初から見始めると、いろいろ手を加えたくなるんです。これが延々と続くこともあって、いっこうに終わりが見えなくなる時があります。このままだと完成しないので最終的には妥協で終わってます。が、後悔するんですよね(笑)

フランス料理「ポミエ」も魔の月

 釣り友ポミエさんの店も12月は超多忙で、頭が変になるのだとか。釣りにも行かず・・・行けず、必死に(風邪なのか、何なのかハッキリしないまま、体調は最悪な模様)セッセとお仕事をしているようです。そんな中、ポミエさんから召集が掛かり、彼と同じ業界のシェフ木村圭司郎さん(ATVのわっち、第4月曜日担当)が下北で釣ってきたイカの刺身をお裾分けしていただきました。まだイカも存命で(笑)、プリップリ。木村さん、ありがとうございました。

鹿島アントラーズが9年ぶりにJ1リーグ制覇

 最終節までもつれ込む激しいシーズンでしたが、横浜Fマリノスを3-1で破り、見事に自力で決着をつけました。もうかなり前のことなので思い出せませんが、横浜Fマリノスアントラーズに勝って優勝を決めた年に、そのゲームを三ツ沢で生で観たのですが、そのお返しができたって気分です。
 一瞬ですが、鹿島に行こうかなと思いました。ところがチケット売り切れで断念。TVで観戦したところ、あのものすごい熱気の中に紛れ込むにはかなり勇気がいりそうだなと感じて、行けなくて良かったのかも。昨年観た鹿島のホーム最終戦の雰囲気とは全然違ってましたからね。
 なお、同日、青森山田が第21節を鹿島ユースとアウエイで対戦しました。プレミアリーグ優勝の芽が無くなったというのと、主力が警告累積などで出場できず、やや不利な状況でしたが、後半半ばまで食らいついたのは立派でした。年末開幕の高校サッカー選手権では一つずつ勝って少しでも上に行って欲しいものです。
 来年のW杯サッカーもグループ分け抽選が終わり、一次リーグはイケると思いました。オランダにも勝つ!

NFL 佳境に

 今年は「波瀾万丈」。強いと思っていたチーフス、ライオンズ、ビルズが苦戦し、期待されていなかったベアーズ、コルツ、ペイトリオッツが強い!ペイトリオッツなんかWEEK13までで全体で最多勝の11勝もすると誰が思ってたものか?そういう点で面白い。残り4試合で何が起こるのか注目です。

MLBのオフはやっぱつまらない

 当たり前ですが、ゲームのない11月以降は無関心になりますね。ビッグなトレードでもあれば別ですが、かつてのようにあまり騒がないオフがここ数シーズン続いているような気がします。
 我がボストンもコレと言って心臓がドキドキ&ワクワクする移籍情報がなく、なかなかネットでMLBをサーフィンする状況にはなっていません。情報は同い年のボストンファン、Mさんがポツポツと届けてくれるので、おんぶに抱っこで頼りにしています。

真鯛シーズン 閉幕

 11/23、当初、日本海でのブリ釣りを予約していましたが、西風が強くて中止になりそうだったため、急遽、むつ湾内での真鯛釣りに変更。釣りができないと思ってたものが可能だという満足感だけで、万が一、釣れなくてもいいやという気持ちで臨んだのが良かったらしく、思いがけずデカ真鯛がヒットして有終の美を飾ることができました。例年であれば23日は終わってる時期。ただ、年々、温暖化の影響で魚が遅くまで釣れるようになった気がします。良いのか悪いのか?その模様を動画でご覧ください。
 12月は二回のブリ釣りを予約してましたが、荒れの日が続き、8日現在の予報だと出船は厳しそう。このまま竿出しできずにジ・エンドかな?


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